東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7629号 判決
一 原告が本件特許権を有すること及び本件明細書中の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証(本件公報)を総合すれば、本件発明は次の各構成要件からなるものであることが認められる。
A 一平方メートル当たり三グラムを超えない量の現像液を露光済みの感光紙に印刷式に塗布することにより感光紙を現像する装置であること。
B 第一及び第二のローラーを駆動力を及ぼすように互いに係合させて両ローラー間に接触線に沿つた転写区域を形成すること。
C 前記第二のローラーには種々の深さと寸法を有する不規則な微少凹入穴を有する非多孔質表面を具備させるとともに、その中心軸線方向の平均の平滑さを一〇ないし一〇〇マイクロインチ(〇・二五ないし二・五ミクロン)の範囲として、調整された量の現像液を保持できるようにしたこと。
D 前記保持表面の一部に対して過剰量の現像液を塗布する手段を設けること。
E 前記第二のローラーに親密な接触をするようにワイパーを押し付けて前記第二のローラーが現像液を塗布された後でしかも前記転写区域へ入る前に前記保持表面から過剰量の現像液をぬぐい取るようにしたこと。
二 次に、被告が業として別紙目録記載の複写機(被告装置)を製作、販売していることは、当事者間に争いがない。
三 そこで、本件発明と被告装置とを対比する。
1 被告装置が本件発明の構成要件A及びBをそれぞれ充足することは特段の説明を加えるまでもなく明らかというべきであり、また、この点は当事者間に争いがない。
そうすると、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するかどうかは、被告装置が本件発明の構成要件CないしEを充足するか否かの点にかかることになる。
2 ところで、原告は、被告装置の通常の運転時においては常にローラーR2とこれに対接されたブレード型ワイパーW2との間に現像液の液溜りが発生する事実を指摘して、右のローラーR2、ワイパーW2及び液溜りが本件発明における第二のローラー、ワイパー及び過剰量の現像液を塗布する手段に該当すると主張する(請求の原因5(四))。
そして、成立に争いのない乙第八号証及び証人木村雅則の証言によれば、被告装置においては、その運転開始直後の空転時(感光紙を挿入しない状態)に現像液塗布用ローラーR2とこれに対接されたブレード型ワイパーW2との間に現像液の液溜りが発生するところ、右液溜りはその後の通常の運転時(感光紙を挿入した状態)においても消失することなく継続して存在することが認められ、右認定に反する証拠はない。一方、右液溜りに存在する現像液は、ローラーR2が転写区域を通過した後なおその表面に残存する現像液がワイパーW2によつてせき止められたものであつて、外部から別途に供給されたものでないことは、被告装置の構造上明らかである。そうだとすると、被告装置の通常の運転時において右液溜りが消失しないということは、転写区域からローラーR1、R2の接触点に至るまでの間においてローラーR2の表面に保持される現像液の液量が、右液溜り及びワイパーW2を通過する前後で、何ら変化しないか(液溜りの液量が一定である場合)又は右液溜り等を通過することによりかえつて減少するか(液溜りの液量が増加する場合)のいずれかを意味することは見易い道理であつて、ローラーR2が右液溜りに浸漬されている間、その表面に一時的に過剰量の現像液が付着することは否定できないにしても、新たに付着した分と等しいか又はそれ以上の液量が前記ワイパーW2によつてぬぐい取られる結果、結局右液溜りからローラーR2の表面へは全く現像液が供給されていないことになるのである。したがつて、被告装置における前記液溜りとワイパーW2との関係をもつて、本件発明における第二のローラーの表面の一部に対して過剰量の現像液を塗布する手段と右表面から過剰量の現像液をぬぐい取るためのワイパーとの構成と同視することは到底できない。けだし、本件発明において、右構成は、全体として、第二のローラーに所定量の現像液を外部から供給するという作用効果を営むべきものだからである。原告の前記主張は理由がない。
3 次に、原告は、本件発明における第二のローラーは必ずしも単一のものに限定されないこと等を挙げて、被告装置におけるローラーR1及びR2が一体として本件発明の第二のローラーに該当するとし、右ローラーR1、R2とローラーR1に対接されたブレード型ワイパーW1等の組み合わせが本件発明の構成要件CないしEを充足すると主張する(請求の原因5(二))。
そこで、本件明細書の記載につき検討することとする。
まず、本件明細書中の前記争いのない特許請求の範囲の記載によれば、本件発明にかかる現像装置においては「第1及び第2のローラーを駆動力を及ぼすように互いに係合させて両ローラー間に接触線に沿つた転写区域を形成し」というのであるから、本件発明の第二のローラーとは、第一のローラーと接触してその間に転写区域を形成するローラーをいい、また、そのようなもののみを指すと解するのが文理上自然である。また、本件発明は、右第二のローラーに所定の表面処理を施すとともに(構成要件C)、その表面の一部に対して「過剰量の現像液を塗布する手段」を設け(構成要件D)、かつ、この同じ第二のローラーに「親密な接触をするようにワイパーを押付けて」右第二のローラーが一旦過剰量の現像液を塗布された後でしかも前記転写区域へ入る前に過剰量の現像液をぬぐい取るようにした(構成要件E)という構成を備えたものであることも、右特許請求の範囲の記載により明らかである。
次に、前掲甲第一号証によれば、本件明細書中の発明の詳細な説明には、従来技術の欠陥を述べた一節に引き続いて、「本発明に従えば、現像液供給源から露光済の潜像を支持する複写紙に現像液を供給する現像装置は、一定量の現像液を表面に付着して運ぶために前記供給源に関連した塗布ローラ、及び前記塗布ローラに圧力接触して塗布ローラとの間に現像区域を形成する加圧ローラから成り、……また塗布ローラは関連したワイパーを有し、前記ワイパーは塗布ローラの表面で運ばれる現像液の量を減じて……所期値にするために前記現像区域に先立つ位置で塗布ローラの長さ方向に沿い且つこれに押付けられる。」(本件公報二頁左欄一五ないし二七行)との記載があり、次いで「塗布ローラの表面は中心軸線の方向に10~100マイクロインチ(0・25~2・5μ)の範囲内の平滑さを有し、またワイパーは塗布ローラの直径の1/5~1/20の直径を持つ棒の形に形成し塗布ローラの表面に実質上線接触をなしている。」(同公報同頁同欄二八ないし三三行)との記載があることが認められる。そして、右にいう「塗布ローラ」及び「加圧ローラ」が前述の第二のローラー及び第一のローラー(すなわち前記特許請求の範囲にいう「第2のローラ」及び「第1のローラ」)に該当するものであることは、右の各記載と前記特許請求の範囲の記載とを彼此対照してみれば明らかであるところ、右の各記載においても液量制御のためのワイパーは「塗布ローラ」すなわち第二のローラーに直接接触していることが明記されているのである。
さらに、前掲甲第一号証によれば、本件明細書添附の第一図ないし第三図に示される二本ローラー方式の各実施例においてはもとより、同第四図ないし第六図に示される三本ローラー方式の各実施例においても、右に述べたような「塗布ローラ」とワイパーとが直接接触するという構成のみが一貫して採用されていることが認められる。ちなみに、右三本ローラー方式の各実施例につきこれを詳述するに、前掲甲第一号証によれば、本件明細書中の発明の詳細な説明には、実施例に関する説明として、「第4図は総体的に62で示す本発明の他の現像装置の実施例が示される。三本ローラ式現像装置62は浸漬ローラ64、駆動される塗布ローラ66及び加圧ローラ68を含み、これらのローラはそれぞれ軸70、72及び74に回転自在に取付けられて互いに駆動連結している。(中略)塗布ローラに関連して機械的ワイパー組立体82が設けられる。ワイパー組立体82は任意的にフツ(ソ)化炭素プラスチツク外被を具備するワイパー棒36を有する。棒36はこれまでに述べた実施例と同様にして塗布ローラの長手方向に沿いかつこれに対接して取付けられる。」(本件公報四頁右欄二〇ないし三八行)、「第5図及び第6図には、本発明の現像装置の他の実施例が示されている。ここで用いる機械的ワイパー組立体は塗布ローラ100(第6図)に押しつけた可撓ばね鋼から形成したブレード部材121である。塗布ローラは三本ローラの一つを構成するものであり、他のローラのうちで浸漬ローラ102は現像液24中に部分的に浸漬され、またローラ106は加圧ローラである。……ワイパー組立体(第6図)は軸部分122及びフツ化炭素プラスチツク製ぬぐい面124を具備したブレード121を含んでいる。……ぬぐい面124はローラ100の表面に直接接触している。」(同公報五頁左欄二一ないし四一行)との各記載があることが認められる。すなわち、これらの実施例においては、「加圧ローラ」及び「塗布ローラ」のほかに「浸漬ローラ」なるものが設けられているところ、これらは用語として明確に使い分けられており、例えば二本のローラーを一括して「塗布ローラ」などと称している例は全く見当たらないうえ、ワイパーは「浸漬ローラ」にではなく、「塗布ローラ」に直接接触していることが明示されているのである。
しかも、本件発明にかかる現像装置につき、液量制御のためのワイパーが「塗布ローラ」に直接接触していなくてもよいことを示唆するような記載は、本件明細書(前掲甲第一号証)中に全く見出すことができない。
以上の点を合わせ考えれば、本件発明における第二のローラーとは第一のローラーと接触してその間に転写区域を形成するローラー、すなわち、前記発明の詳細な説明にいう「塗布ローラ」のみを指称し、したがつて、また本件発明にかかる現像装置は、第二のローラーが一旦過剰量の現像液を塗布されてから第一のローラー(前記「加圧ローラ」)との間に形成される転写区域に至るまでの間において、右第二のローラーにワイパーを直接接触させ、これによつて右第二のローラーの表面に保持される過剰量の現像液を所定量にまでぬぐい取るようにするという構成を具備するものに限られると認めるのが相当である。
ところで、被告装置は、現像液塗布用ローラーR2の下部にこれを接触し、かつ、現像液貯溜タンク(T)中の現像液に浸漬して現像液供給用ローラーR1が設けられ、右ローラーR1にはその回転方向に沿つて現像液面からローラーR1、R2の接触点に至るまでの間においてブレード型ワイパーW1が押圧接触しており、現像液は右タンク(T)からまずローラーR1の表面に運ばれ、次いで右ワイパーW1のぬぐい取り作用とローラーR1、R2の接触により規制された所定量がローラーR2の表面に塗布されるようにしたというものである。そして、本件発明の技術的範囲に関する前述の認定判断からすれば、被告装置において本件発明の第二のローラーに相当するのは右ローラーR2のみであることはいうまでもないところ、右ローラーR2には、その表面の一部に過剰量の現像液を供給する手段が設けられていないばかりか、液量制御のためのワイパーも対接されていないことが明らかである。したがつて、被告装置は本件発明の構成要件D及びEを充足せず、その技術的範囲に属しないものというべきである。
原告は、本件発明における第二のローラーの表面特性の重要性をしきりに強調するが、到底右の結論を動かすには足りない。
4 なお、原告は、被告装置におけるローラーR1及びR2に関する構成が本件発明における第二のローラーに関する構成の迂回的実施であるとか、両者が均等であるとの趣旨の主張をするが、これを採りえないことは前項に説示したところから明らかというべきである。
四 以上の次第であつて、本件発明の特許出願の経過及びいわゆる先行技術につき検討するまでもなく、被告装置は本件発明の技術的範囲に属しないものというべきであり、これと異なる前提に立つ原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編註〕 本件に関する目録は左のとおりである。
目録
図面は被告が製造販売する複写機の要部断面を示す。
機枠下の略中央下部は現像液貯溜タンク(T)になつており該タンクの液位下に一部が浸漬するようにローラーR1が設けられ、該ローラーR1の斜上方に順次ローラーR2・R3・R4が夫々接触して設けられている。ローラーR1は現像液供給用ローラー、ローラーR2は駆動用および現像液塗布用ローラー、ローラーR3およびローラーR4は加圧用ローラーである。
ローラーR1の回転方向に沿つて現像液面からR1・R2の接触点に至るまでの間においてブレード型ワイパーW1がローラーR1に押圧接触しており、ローラーR2の回転方向に沿つてR2・R3の接触点からR1・R2の接触点に至るまでの間においてもブレード型ワイパーW2がローラーR2に押圧接触している。なおローラーR1・R2はともに表面が黒色ゴム質の非多孔性物質で覆われており、表面の平均平滑さはローラーR1が一四〇―一八四マイクロインチ(三・五―四・七ミクロン)ローラーR2が二〇―六三マイクロインチ(〇・五―一・六ミクロン)である。
ローラーR3はステンレス鋼製である。これら全てのローラーはローラーR2に対し外部から供給される駆動力によつて駆動される。本機においては、ローラーR2とR3との接触線附近が転写区域を形成する。ローラーR1はブレード型ワイパーW1の先端の向きに対して順方向に回転され、現像液は先ず現像液貯溜タンク(T)より右ローラーR1の表面で運ばれ、次いでブレード型ワイパーW1のぬぐい取り作用とR1とR2との接触により規制された所定量がローラーR2に塗布されるものであり、さらに右ローラーR2により前記転写区域において露光済の感光紙に印刷式に塗布される。しかしてローラーR2の表面に残溜する現像液はブレード型ワイパーW2により除去される。
<省略>